さて、任期についてですが、延長せずに帰国することにしました。
理由は幾つかあるので、順に。
1.配属先の仕事がある程度は回っていた
以前は隊員がお尻を叩いていた頃もあったのですが、それはもはや過去の話。全員が真面目にとはいかないですが、困らない程度には仕事を回していました。
日本人がいるからいいやとサボり癖を再発させないためにも延長はやめようと思いました。
2.結局のところ自分はボランティア
上記と関係していることですが、結局自分はここに永遠にいるわけではないし、やはり彼らが積極的に物事や課題に取り組むべきだと感じたんです。冷たく聞こえるかもしれないですが、配属先は何人かの隊員が入っていて、良くも悪くも日本人の扱いに慣れていたし、特性も分かっている。もうそろそろ隊員がいない環境を作ることも必要だと思い、私自身も後任の申請をしていません。彼らはやれば出来る、けれど甘えられるなら甘えたい、そんな状況を卒業するのも彼らのためだと思いました。
それに延長した場合の考えていた活動内容は、少し独り善がりな部分もあったので、それも違う気がしました。”ボランティア”と言えど人それぞれ捉え方があって然るべきものだと思います。私が思うボランティアは、独り善がりなものではないと、療養中に初心に触れられたこともあって、ストンと心の整理が付きました。
3.活動の見通しが経った
再赴任した後、延長は出来ないこともないが難しいと思うという程でカウンターパートと話をしました。私が療養する前にやろうとしていたことをもう一回やる気になってやってみないか?と聞いたところ、やる気はあるし9月の引き上げ前までには出来るという意気込みを聞けたので、わざわざ先延ばしにする必要はないなと思いました。他の活動も私がやっていたことを引き継げるような形にするということで話がまとまりました。
その時には挙がっていなかった活動も現在始めたところです。これもカウンターパートからサポートしてほしいという提案からでした。
なので、今結構バタバタとしていますが、充実した毎日です。
4.次の進路の見通しを考えて
次の進路ですが、現在大学院進学を考えています。夏の入試の受験は難しいので、冬の入試を受験予定です。それが来年の1〜2月。延長してもしなくても受験は出来ます。(延長しても帰国は12月末の予定だったので)ですが、英語スコアと研究計画書のことを考えるとやはりマラウイでその準備をして、活動もするということはなかなか簡単ではないと思いました。(学部とは違う専攻に進もうと思っているため、特に研究計画書に時間を割かれるという予想で)なので、その準備期間を設けてもいいのではないかと思いました。
5.多少の不安
やはり、今回このように病気になり、療養した期間もあり同じようなことが起こらないと自分で100%自信を持ち切れませんでした。もちろん誰しも100%何もないとは言い切れませんが、人よりその可能性はあるということが自分の中で払拭しきれませんでした。任地の人とは良い思い出でお別れをしたいというのも強く思ったことです。
という諸々の理由から、結論に至りました。
任地での毎日を噛み締めて、大切にしながら、残りの任期を過ごしていこうと思います。
2016-07-31
2016-07-18
この半年のこと
更新が滞りまして。
1月末から低髄液圧症という病にかかり、2月中旬より日本にて一時療養帰国をしておりました。7月初旬、ようやく再びマラウイへと戻ってきて、現在に至っています。
何からどう説明すればいいのか、自分でもまとまっていないので、支離滅裂になるかもしれませんが、お付き合い下さい。
発症は運良く?首都で、立ち上がれない程の頭痛、それに伴う嘔吐があり、病院へ、そのまま入院。5日程で退院し、隊員ドミトリーにて、2週間程療養し、症状が多少落ち着いたため、日本へ検査のため帰国。
長距離移動だったため、症状が再発し、病院受診後そのまま入院。約3週間でした。その間もほとんど起き上がることは出来ず、安静第一でした。
というのも、低髄液圧症の治療はまだ確立されておらず、安静と水分補給が第一の治療とされています。手術もありますが、後遺症が残ることや成功率があまり高くないことから、主治医と相談をし、行わないことにしました。
退院後は、自宅療養ということで、安静にしつつも散歩に出たりしていました。
しかし、退院から約1カ月後突然の痙攣により再入院。寝たきりだったところから急な活動を行ったための筋膜炎と関節炎でした。1週間ほどで退院し、自宅にて自主リハビリ、体力回復に努めることになりました。
そして、ある程度の回復が見込めたので、今回再赴任ということになりました。
どちらの症状も主治医から言わせると、こんなことで発症しないはずと言われるようなことが原因でした。
まさに神様のイタズラといったところでしょうか。
1月は活動が絶頂期に入るような時期でした。自分でもかなり燃えていました。それに今まで大きな病気をしたこともなかった健康体神話説が崩れました。
そこでポキッと心が折られ、元の状態を取り戻すのも時間がかかりました。というより今でも取り戻している最中です。
病室や療養の中で様々な思いとぶつかりました。そしてそれを励ましてくれた人たちもたくさんいました。そんな暖かさに触れて、人との関わりの意味を再認識しました。
朝起きて夜眠るまで動けること、健康でいることの尊さに気付けました。生と死を以前よりもずっとずっと近くにあるものと気付け、もっともっと精一杯生きることに一生懸命になりたいと思えるようになりました。
マラウイに戻ることが怖くなかったわけではありません。でも、自分の中で戻らないという選択は納得が出来なかった。
残りの任期を延長するか否かは、近いうちに決まります。
納得する選択をしようと思います。
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何からどう説明すればいいのか、自分でもまとまっていないので、支離滅裂になるかもしれませんが、お付き合い下さい。
発症は運良く?首都で、立ち上がれない程の頭痛、それに伴う嘔吐があり、病院へ、そのまま入院。5日程で退院し、隊員ドミトリーにて、2週間程療養し、症状が多少落ち着いたため、日本へ検査のため帰国。
長距離移動だったため、症状が再発し、病院受診後そのまま入院。約3週間でした。その間もほとんど起き上がることは出来ず、安静第一でした。
というのも、低髄液圧症の治療はまだ確立されておらず、安静と水分補給が第一の治療とされています。手術もありますが、後遺症が残ることや成功率があまり高くないことから、主治医と相談をし、行わないことにしました。
退院後は、自宅療養ということで、安静にしつつも散歩に出たりしていました。
しかし、退院から約1カ月後突然の痙攣により再入院。寝たきりだったところから急な活動を行ったための筋膜炎と関節炎でした。1週間ほどで退院し、自宅にて自主リハビリ、体力回復に努めることになりました。
そして、ある程度の回復が見込めたので、今回再赴任ということになりました。
どちらの症状も主治医から言わせると、こんなことで発症しないはずと言われるようなことが原因でした。
まさに神様のイタズラといったところでしょうか。
1月は活動が絶頂期に入るような時期でした。自分でもかなり燃えていました。それに今まで大きな病気をしたこともなかった健康体神話説が崩れました。
そこでポキッと心が折られ、元の状態を取り戻すのも時間がかかりました。というより今でも取り戻している最中です。
病室や療養の中で様々な思いとぶつかりました。そしてそれを励ましてくれた人たちもたくさんいました。そんな暖かさに触れて、人との関わりの意味を再認識しました。
朝起きて夜眠るまで動けること、健康でいることの尊さに気付けました。生と死を以前よりもずっとずっと近くにあるものと気付け、もっともっと精一杯生きることに一生懸命になりたいと思えるようになりました。
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