1月末から低髄液圧症という病にかかり、2月中旬より日本にて一時療養帰国をしておりました。7月初旬、ようやく再びマラウイへと戻ってきて、現在に至っています。
何からどう説明すればいいのか、自分でもまとまっていないので、支離滅裂になるかもしれませんが、お付き合い下さい。
発症は運良く?首都で、立ち上がれない程の頭痛、それに伴う嘔吐があり、病院へ、そのまま入院。5日程で退院し、隊員ドミトリーにて、2週間程療養し、症状が多少落ち着いたため、日本へ検査のため帰国。
長距離移動だったため、症状が再発し、病院受診後そのまま入院。約3週間でした。その間もほとんど起き上がることは出来ず、安静第一でした。
というのも、低髄液圧症の治療はまだ確立されておらず、安静と水分補給が第一の治療とされています。手術もありますが、後遺症が残ることや成功率があまり高くないことから、主治医と相談をし、行わないことにしました。
退院後は、自宅療養ということで、安静にしつつも散歩に出たりしていました。
しかし、退院から約1カ月後突然の痙攣により再入院。寝たきりだったところから急な活動を行ったための筋膜炎と関節炎でした。1週間ほどで退院し、自宅にて自主リハビリ、体力回復に努めることになりました。
そして、ある程度の回復が見込めたので、今回再赴任ということになりました。
どちらの症状も主治医から言わせると、こんなことで発症しないはずと言われるようなことが原因でした。
まさに神様のイタズラといったところでしょうか。
1月は活動が絶頂期に入るような時期でした。自分でもかなり燃えていました。それに今まで大きな病気をしたこともなかった健康体神話説が崩れました。
そこでポキッと心が折られ、元の状態を取り戻すのも時間がかかりました。というより今でも取り戻している最中です。
病室や療養の中で様々な思いとぶつかりました。そしてそれを励ましてくれた人たちもたくさんいました。そんな暖かさに触れて、人との関わりの意味を再認識しました。
朝起きて夜眠るまで動けること、健康でいることの尊さに気付けました。生と死を以前よりもずっとずっと近くにあるものと気付け、もっともっと精一杯生きることに一生懸命になりたいと思えるようになりました。
マラウイに戻ることが怖くなかったわけではありません。でも、自分の中で戻らないという選択は納得が出来なかった。
残りの任期を延長するか否かは、近いうちに決まります。
納得する選択をしようと思います。
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