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2017-05-13

療養帰国から本帰国までの激動の日々

完璧に時間経ちすぎましたねー。でも更新します!

一時療養帰国から本帰国までの日々!

2ヶ月間(7月~9月)しかなかったけど、とてもとてもハードな2ヶ月間でした。

それと同時に本当にかけがえのない幸せと愛おしい時間を過ごすことが出来ました。

まず、衛生啓発のイベントがどうにかこうにか形になりました。

開催地でのキックオフミーティングから各種デモンストレーションの練習、会場設営等々で足繁く通い、ドラマの出演依頼を違う村にお願いしてそちらの練習も監督し、招待状をあちらこちらに配り、JICAへの業務費の申請(配属先の予算不足の場合、申請によっては業務費が支給される制度があります)を行ったりと、まぁ挙げればキリがなかったですね。

それと並行して、オフィスの3S(整理・整頓・清掃)を行い、後任要請を出さなかったので、少しでも5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)を続けやすい環境を整えたかったという理由で、マニュアル作成。

そして栄養改善を目的とした地域での料理教室開催。

それプラス通常業務(乳幼児健診やら家族計画の定期受診)。

書いてるだけでもよく分からなくなってきますね。笑

いやー、この短期間でこれだけのことをやり切ってくれたとカウンターパート、同僚を褒め称えたい!!!

ひーひー状態な私を横目に、彼らは目に見える限りそこまでひーひーせずに物事をこなしていて、頭が上がりませんでした。本当にすごい、の一言です。

その衛生啓発イベントをかなり簡単にご紹介します。

蚊帳の貼り方を練習したり、ドラマの練習をしたり、ダンスの練習をしたり。
ちなみにドラマもダンスも衛生啓発について。(例えばトイレの後は手を洗おうとか栄養バランスを考えてご飯を食べようといった内容です)

当日。アフリカンタイムということで3時間遅れでスタート。笑
会場の一部。お偉いさんたちの席。
蚊帳の使い方デモンストレーション中


ドラマの一部
井戸の正しい使い方説明中



ですが、招待者や近隣、JICA関係等合計で100名以上が参加してくれました。
そして、招待者の方々からは運営、コミュニティ主体のやり方等を評価していただき、涙涙でした。
私がというよりもカウンターパート、同僚、開催地のコミュニティの頑張りや姿勢が評価されたと思うと嬉しくて嬉しくて。

というのも準備期間に私のカウンターパートが言ったんですよね。

「当日は僕らではなくコミュニティが主役なんだから、彼らが堂々と発表出来ることが大切なんだ。だから練習もきちんとしないとね。一種のエンパワーメントだよ。」

こんな言葉が出るなんて!!!!!
しかも、それがきちんと他の開催メンバーの同僚たちにも浸透している!!!

本当に本当に心から嬉しかったです。私の隊員スタンスとして一番大事にしたいと思っている所が伝わった(ということにして下さい。笑)し、それを行動に起こしている!

それこそ、イベント終了後の反省会というかお疲れ様の挨拶のときにはマラウィアンの前で初めて号泣しました。

悔しくても、腹が立ったときも、嬉しいときもマラウィアンの前で泣くということがなかったのですが、達成感と嬉しさが頂点を越えたようでボロボロと泣きました。(笑)

これがまず1つ目のマラウイに戻って本当によかったこと。

次に3S活動。

前からやりたいやりたいと言われていた活動に短い期間ながらも取り組みました。

正直、これは私が率先してやろうよとは言っていないものでした。なぜかというと、私が率先して整理整頓しても掃除要員として彼らが継続することが全くといっていいほど想像できなかったからです。現に前任先輩隊員たちが取り組んでいた形跡がかすかに感じられるくらいにしか残っていなかったですし。

しかし、カウンターパート+やる気がある同僚2人が取り組みたいということと、他の同僚たちも少なからず汚いオフィスにイライラしていたようなので、早速開始することに。

整理整頓もほとんど問いを投げかけるだけで自分たちで分類したり分けたりしてもらいました。棚のレイアウトも彼らにお任せ。実際の移り変わりはこのようになりました。



私はその手順をマニュアル化することとリクエストをもらったラベル作り専門みたいなポジションに徹しました。

配置もラベルも彼らが分かりやすいことが一番。
もちろんこんな風に書類を分類したらどう?ここにこれを置いたら?というような提案はしてましたが、それも彼らが嫌だと言えば折衷案やらボツにしたりしました。

と言ってもすぐ折れるというスタイルではなくて、なぜそれがいいと思ったのか、なぜ嫌だと思ったのかということもしつこいくらい聞きました。
だから、作業だけすれば短い時間で終わることも話をしながらやるので、すぐには終わりませんでした。これが効率が悪いと言われれば、その通りかもしれないですが、彼らの整理整頓や業務効率の考え方を知ることが継続性に期待が持てると思ったので、そこは時間を掛けました。

そのおかげか、「これは●●をするときにすぐ取れるようにここにまとめて置いておけば効率良いからさ。」というような会話が同僚間で生まれました。
なにせ狭いオフィスを10人くらいで使用するので、使ったら適当な場所にポイっとしたり、とりあえず押し込んでしまう、積み上げるという行動が染みついていたんですよね。それに掃除をすることをドヤ顔で5Sやってるよ!と言うような人たちばかりだったので、多少の変化が生まれたかなと思っています。

そしてそして嬉しいことに帰国後半年くらい経ったときに同僚が写真を送ってくれましたが、ほとんど変わらず使ってる!!!

そもそも写真を送るのもネット環境悪いのに送ってくれることだけでも感動でしたが、ちゃんと継続してるということが心から嬉しかった。


あとは栄養改善ということで地域での料理教室を同期隊員とコラボして開催。

そして「帰るよー」の挨拶回りをして(と言っても多分まわってた場所半分くらいしか行けてない苦笑)、配属先で日本食を大量に(徹夜で料理を作るという意味わからんことしました)振る舞うパーティーをして、ばたばたと荷造りをして、首都に引き上げ帰国という形で私の青年海外協力隊員としての2年間は幕を閉じました。




閉じたと書いてはみたもののここからがスタートなのかもしれないなと思っています。それはまた別記事で書こうかな。協力隊期間の総まとめみたいな感じで。

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2016-08-17

共に進むことを実感したこと

つい先日、本当は3月にやるはずだったイベントをやる村にもう一度来月やりましょうという話を同僚としにいった時のお話。

とりあえず最初に私は挨拶と謝罪から始めました。

そこで同僚が感動的な説明を私に代わってしてくれました。

そもそも彼女が帰ってきたのはマラウイが、ここ(任地)が大好きだからだ。彼女は9月で任期が終わってしまう。たった2カ月なのにそこまで出来ることに敬意を現すべきだ。

その話をされてる間、日本にいた時の時間を思い出して、今は普通に生活してるけど辛かったなとか、本当に戻って来れたんだなとか。色々思いを巡らせて泣きそうになってしまいました。
それに同僚がそういう風に思ってくれていることも嬉しかったんだと思います。

任地に戻るときに、短い期間で何が出来るだろうとか、独り善がりな活動になるんじゃないか等と考えていた自分がなんだかちっぽけにも思えました。
というのも、同僚や上司は私の予想以上に色々動いてくれているし、考えてくれている。そして、村の人たちも練習や準備を確実に進めている。ちゃんと同僚や上司や村の人たちと同じ方向で進んでいると実感出来ました。


このくらいで泣きそうになるとは、予想外すぎて自分自身驚きました。
引き上げるときとかのことを想像したら、大変なんじゃなかろうかと思ってしまいました。

という訳で、今はイベントに向けて足繁く村に通っています。
ちなみに衛生啓発に関するデモンストレーション、ドラマ、ダンス等を盛り込んだイベントになる予定です。
村のみんなも一生懸命がんばっているし、上手くいきますように。


同僚が村の人たちにイベントについて説明中
当日までのアクションプラン作成



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2016-07-31

再赴任の後の結論

さて、任期についてですが、延長せずに帰国することにしました。
理由は幾つかあるので、順に。

1.配属先の仕事がある程度は回っていた
以前は隊員がお尻を叩いていた頃もあったのですが、それはもはや過去の話。全員が真面目にとはいかないですが、困らない程度には仕事を回していました。
日本人がいるからいいやとサボり癖を再発させないためにも延長はやめようと思いました。

2.結局のところ自分はボランティア
上記と関係していることですが、結局自分はここに永遠にいるわけではないし、やはり彼らが積極的に物事や課題に取り組むべきだと感じたんです。冷たく聞こえるかもしれないですが、配属先は何人かの隊員が入っていて、良くも悪くも日本人の扱いに慣れていたし、特性も分かっている。もうそろそろ隊員がいない環境を作ることも必要だと思い、私自身も後任の申請をしていません。彼らはやれば出来る、けれど甘えられるなら甘えたい、そんな状況を卒業するのも彼らのためだと思いました。
それに延長した場合の考えていた活動内容は、少し独り善がりな部分もあったので、それも違う気がしました。”ボランティア”と言えど人それぞれ捉え方があって然るべきものだと思います。私が思うボランティアは、独り善がりなものではないと、療養中に初心に触れられたこともあって、ストンと心の整理が付きました。

3.活動の見通しが経った
再赴任した後、延長は出来ないこともないが難しいと思うという程でカウンターパートと話をしました。私が療養する前にやろうとしていたことをもう一回やる気になってやってみないか?と聞いたところ、やる気はあるし9月の引き上げ前までには出来るという意気込みを聞けたので、わざわざ先延ばしにする必要はないなと思いました。他の活動も私がやっていたことを引き継げるような形にするということで話がまとまりました。
その時には挙がっていなかった活動も現在始めたところです。これもカウンターパートからサポートしてほしいという提案からでした。
なので、今結構バタバタとしていますが、充実した毎日です。

4.次の進路の見通しを考えて
次の進路ですが、現在大学院進学を考えています。夏の入試の受験は難しいので、冬の入試を受験予定です。それが来年の1〜2月。延長してもしなくても受験は出来ます。(延長しても帰国は12月末の予定だったので)ですが、英語スコアと研究計画書のことを考えるとやはりマラウイでその準備をして、活動もするということはなかなか簡単ではないと思いました。(学部とは違う専攻に進もうと思っているため、特に研究計画書に時間を割かれるという予想で)なので、その準備期間を設けてもいいのではないかと思いました。

5.多少の不安
やはり、今回このように病気になり、療養した期間もあり同じようなことが起こらないと自分で100%自信を持ち切れませんでした。もちろん誰しも100%何もないとは言い切れませんが、人よりその可能性はあるということが自分の中で払拭しきれませんでした。任地の人とは良い思い出でお別れをしたいというのも強く思ったことです。

という諸々の理由から、結論に至りました。
任地での毎日を噛み締めて、大切にしながら、残りの任期を過ごしていこうと思います。



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2016-07-18

この半年のこと

更新が滞りまして。

1月末から低髄液圧症という病にかかり、2月中旬より日本にて一時療養帰国をしておりました。7月初旬、ようやく再びマラウイへと戻ってきて、現在に至っています。

何からどう説明すればいいのか、自分でもまとまっていないので、支離滅裂になるかもしれませんが、お付き合い下さい。

発症は運良く?首都で、立ち上がれない程の頭痛、それに伴う嘔吐があり、病院へ、そのまま入院。5日程で退院し、隊員ドミトリーにて、2週間程療養し、症状が多少落ち着いたため、日本へ検査のため帰国。
長距離移動だったため、症状が再発し、病院受診後そのまま入院。約3週間でした。その間もほとんど起き上がることは出来ず、安静第一でした。
というのも、低髄液圧症の治療はまだ確立されておらず、安静と水分補給が第一の治療とされています。手術もありますが、後遺症が残ることや成功率があまり高くないことから、主治医と相談をし、行わないことにしました。
退院後は、自宅療養ということで、安静にしつつも散歩に出たりしていました。
しかし、退院から約1カ月後突然の痙攣により再入院。寝たきりだったところから急な活動を行ったための筋膜炎と関節炎でした。1週間ほどで退院し、自宅にて自主リハビリ、体力回復に努めることになりました。

そして、ある程度の回復が見込めたので、今回再赴任ということになりました。

どちらの症状も主治医から言わせると、こんなことで発症しないはずと言われるようなことが原因でした。
まさに神様のイタズラといったところでしょうか。

1月は活動が絶頂期に入るような時期でした。自分でもかなり燃えていました。それに今まで大きな病気をしたこともなかった健康体神話説が崩れました。
そこでポキッと心が折られ、元の状態を取り戻すのも時間がかかりました。というより今でも取り戻している最中です。

病室や療養の中で様々な思いとぶつかりました。そしてそれを励ましてくれた人たちもたくさんいました。そんな暖かさに触れて、人との関わりの意味を再認識しました。
朝起きて夜眠るまで動けること、健康でいることの尊さに気付けました。生と死を以前よりもずっとずっと近くにあるものと気付け、もっともっと精一杯生きることに一生懸命になりたいと思えるようになりました。

マラウイに戻ることが怖くなかったわけではありません。でも、自分の中で戻らないという選択は納得が出来なかった。

残りの任期を延長するか否かは、近いうちに決まります。
納得する選択をしようと思います。


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2015-07-13

“Poor”は誰が決めること?


マラウイに来て、「We are poor.」という言葉を何度聞いたか。その回数は数知れず。

「We can't ○○ because we are poor.」という言葉も。

耳にタコが出来るんじゃないかと思うくらい。そして大抵の場合、ドヤ顔で言うマラウィアン。

私はその度に思う。マラウィアンは金銭的にはpoorかもしれないけれど、精神的にはrichだと。

このpoorだとかrichだとかいう定義は、先進国が貨幣経済に基づいて決めたこと。
(povertyとpoorは定義が別だと思っています)

つまり、貨幣を使わずに生活出来る場合の状況をあまり考慮していない。

マラウィアンを見ていて思う。彼らは本当にお金を使わない生活をしている、というよりお金を使う必要が少ない。
(もちろん必要な物を購入するお金が足りず、その場しのぎになることもあります、特に仕事面では)

なぜなら、食べ物は自分たちで作っているから。壊れても直す、捨てるということをしない。



先日、同僚と村人と3人でこんな会話をしました。

村人    「You can't stay in Africa, because there are lots of problems caused by poor.」
私     「Why not? I can stay here.」
同僚    「You can't, because Japan is a rich country.」
私         「It's true but Japanese can't live without money. However, you can live without money isn't it?」
村人・同僚  「Exactly!」


というような感じ。



だからと言って、彼らがお金を使う生活を望んでいるのかは、まだまだわからない。
Poorならお金や物がもらえるから、そのままでいいと思っているかもしれない。
協力隊生活が終わっても、わからないかもしれない。




先進国が唱える“開発”の形が正しいのか、それすらも答えは見つけられないかもしれない。
先進国が唱える“Poor”が何を意味するのか、その定義に当てはまる国や人は本当に“Poor”なのか。




マラウイに来てから、国際協力や援助の考え方が、大きな渦になって脱出することが出来ない。
日に日にマラウィアンと仲が深まるたびに渦はどんどん大きくなる。



冒頭に書いた「We can't ○○ because we are poor.」が「We are poor but we are/can ○○」に1人でもなるといいな。



そのためにも自分の思いを少しずつでも日々伝えていこう。



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2015-04-23

マラウイでの約半年を振り返る

日常についてブログに書くのが得意ではない方なので、振り返りですが、この約半年について簡単にまとめてみます。

9月30日:マラウイ入国
 サハラ以南アフリカに初上陸。想定外に赤土だらけではないことに驚く。
 入国前に抱いていたアフリカ人(マラウイ人)に囲まれるドキドキ感は思っていたより少なかった、
 というより皆無に等しかった。

10月:オリエンテーション、任地視察、現地語研修
 多少の高地+首都のゴミゴミ感+大人数でのドミ生活+iPhoneなくしたことで少々メンタルをやら
 れ発熱。
 任地視察で地方のゆったり感に癒される。が、油っこい食べ物が多かったのか、体調崩す。
 滅多に体調を崩さなかったのに、ほぼ毎週の体調不良で、自分はアフリカが合ってないのかもと
 真剣に考え始める。

11月:任地赴任
 同期は続々と赴任していく中、ドミに取り残される。
 早く赴任したいようなドミ生活もいいなと若干ふてくされる。
 11月20日:ようやく赴任
 家具も何もかも1から揃える。水道がない、虫との戦い等々、生活面で必死な日々。

さすがに何もないとあれなので椅子を置いて撮影(笑)


12月:任地が好きになれない
 とにかく任地が好きになれず、もやもやたまにイライラな日々。
 上司からの一言が図星を付きすぎていて撃沈。
 他の任地と比べて自分の任地をダメ出しして、それを安心材料にしてた。
 とにかく出来ることを探そうと、バイクがない中歩いてニーズ調査。

1月:心機一転
 新年にもなったことだし、ニーズ調査をメインに活動の方向性を定めようと色々な場所へ。
 1月下旬にはバイクも到着。行動範囲が広がり、歩いていたよりも回れる場所が増える。
 配属先の業務(U-5 Clinic:5歳未満児の体重測定、予防接種)にも慣れてくる。
 教会でのコーラスに参加し、売名行為を図る(予想以上に効果抜群で逆に驚いた(笑))

カルテがないため1人1冊ヘルスパスポートを持つ
村でのU-5 Clinic



2月:赴任後3ヶ月オリエンテーション、現地語研修。前向きに!
 青年海外協力隊は、任期の2年間の間、計5回活動報告書というものを提出します。
 JICAマラウイ事務所では任地赴任後3ヶ月後にオリエンテーション(報告書に関すること、PCMワ
 ークショップ、現地業務費説明etc)が行われます。
 そして、赴任前にあった現地語研修のアドバンス研修(任意)に参加。
 言いたくても分からなくて言えなかったことや単語をたくさん習得し、早速任地で使ってみること
 に。
 マラウィアンにうけること、うけること。これで活動にも力が入る!

3月:悲しい現実、少しの光?
 自分で描いていた地図から村人、同僚etcと書き手を現地の人に移行し、完成したものを学校に
 貼ってもらい、そこから地位や年齢、そこに住む人、住まない人によって視点が違うこと、何がそ
 の村にあるかをワークショップ形式で話し合ってもらいたいと思い、模造紙に写した地図を
 学校に渡すことに。

 月初めに渡し、月末に見に行くと貼られることなくころがっていた。
 社会等の授業でも役立ててほしいと言って渡したけれど、貼る意味も伝えたけれど、伝わってい
 なかった。
 そろそろニーズ調査だけではないことにも取り組みたい。その気持ちが通じたのか、任地周辺で
 支援をしているNGOスタッフとたまたま仲良くなり、活動を見せてもらう機会を得た。



村の人が描いた地図

同僚が描いた地図















 けれど、任地周辺に支援をしているNGOは、活動内容は違えどざっと数えて二桁近く。
 自分にできることってあるんだろうか、自分に専門性があったらそれを武器に出来るのに。と悶々
 と悩む。
 そんな悩んでいた時、配属先は違えどたまに活動を一緒にしていたCDA 
 (CommunityDevelopment Assistant)から連絡が。
 その連絡がなかったら、多分ずっと悶々としてたと思う。
 4月初旬にCOMSIP(Community Saving and InvestmentPromotion)グループのミーティングに
 参加することに。     

 4月:ようやく見えてきた?活動
 そしてCOMSIPのミーティング。なんだか大分歓迎ムード。同僚のCDA、ムロンダに話を聞くと、

 ム)「今日は僕はポリッジ(お粥)のデモンストレーションやるけど、あおいは何するの?」
 あ)「・・・・・・え?何するのって?」
 ム)「あおいもグループの人にデモンストレーションするでしょ?このグループはスコーン(マラウイ
    人の“スコーン”は日本人からしたら“パン”)を作ってるよ。だから、それに合うものとか何か
    してよ!^^」
 あ)「・・・・・・。今日ミーティングに参加してグループを紹介するって言ってたけど、そうじゃない
    の?汗」
 ム)「あれ、言ってなかったっけ?じゃ、なんでもいいから、今後彼らの役に立ちそうなことやって
    よ」
 あ)(材料も道具も何あるか知らんわ。。。)「どういう材料があるの?」
 ム)「僕は豆のポリッジやるけど、何かあるんじゃないかな」
 あ)(豆しかないやん、それ。泣)「砂糖はある?豆の甘煮ならできるかも」
 ム)「あるよ!じゃ、よろしく!」

 マンダシ(揚げパンみたいなやつ)に入れたら、おいしい+付加価値をつけて売れるよという感じ
 でデモンストレーションしました。
 量もその場で決めたのであまり良い説明ではなかったけれど、このグループと近所のもう一つの
 グループの人に「教えて!」と言ってもらえたので、即興の割にはまずまずだったかと。
 こういうとき準備してないとあたふたする性格だから本当困った(笑)

 そして、次は、同期の力も借り、両グループに改良かまどを試作。(販売量増加、煙・火傷防止、 
 薪、時間節約etc)
 

  

 
        

   


 これからモニタリング、フォローアップ、新規作成の声があれば、対応して、スコーンについてもマ
 ーケティングや販路開拓等のフォローをしていく方向になりました。
 かまどは問題点もあるため、改良をさらに図っていこうと思ってます
 あとは、U-5 Clinic時の栄養失調児の洗い出しのための記録指導、改善。
 目先はこんな感じですが、まだ温めていることも時期を見て出来そうならやってみたいと思ってま
 す。
 

とまぁざっくりながら約半年の振り返りでした。

落ち込んだり悩んだりもしながら、楽しいときも癒されるときも、全てはマラウイが与えてくれているとしみじみ思います。

意外に活動記も書いてて楽しかったから、少しずつ更新していこうかな!


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2014-11-09

派遣前訓練を終えて

さて、訓練編最後の記事。


70日間。

数字上、経験上、こんなに色濃く日常を過ごしたことはなかった。

訓練開始前日まで研修があって、準備もバタバタ。
大親友の同期隊員とワクワクと緊張のドキドキが入り混じりながらの訓練所までの道中。

訓練所の生活には比較的すぐに慣れ、170人強の候補生と“隊員になる”という共通の目標の元、四六時中時間を共にした。

一言でいえば、訓練所の生活はありえない。というより、訓練所前の生活から見ると、異色・非日常的なことばかりだったようにも思える。

だけど、訓練を修了して、そして、この記事を今マラウイから書いていて思う。

訓練所の生活も、今マラウイでの生活も非日常ではなく、すべて日常であるということ。

確かに夢のような日々だったけど、はっきりと自分の中に残っている。

何回も徹夜したし、落ち込んだし、悩んだりもした70日間だった。だからこそ、自分の中に残っているものもたくさんあるのだと思う。

訓練が始まる前は、ひっそり70日間過ごしたい、なーんて思ってはいたけれど、あまり実現することなく、ドタバタと過ごすことになりました。

でも、ドタバタしてるそういう方がいいなって再認識出来た気もする。

生活班のとある人に言われて気付けたことがある。


“結果としてじゃなくて、物事をやり抜いていく中で成長していくよね。始めるときは「やりたい!」って気持ちが強いからやっちゃうんでしょ?”(確かそんな感じのニュアンスで言われた笑)


確かに!!!とものすごく納得したのを覚えてる。


やりたいから手は挙げる。(このときあまり後先は考えていないことの方が多い)

うにょうにょ考えながら行動。むしろ考えすぎてたまに止まる。
開き直る。(大体ラストスパートに差し掛かっている)
結果:なんとかなっている。

打ってて気付いたけど、この流れずっと変わってない気がする。。。
いいのやら、悪いのやら…。



話戻します。


派遣前訓練で得たことは、数え切れないほどある。

大切にしたい言葉もたくさんもらった。
大切にしたい関係もたくさん出来た。


感情コントロール、時間の使い方、柔軟性、健康であることに感謝すること

心の声に正直に


越える壁の高さの違いを楽しむこと


etc


派遣中、その後にも活かせることだらけ。



本当に有り難いことだらけな訓練所生活でした。







帰国したら訓練所と岳温泉に遊びに行こうかな。(笑)


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2014-11-08

派遣前訓練その4

4弾は行事編。

前回スポーツ大会の紹介をしましたが、それ以外にも訓練中はたくさんの行事や訓練プログラムがあります。

・野外訓練
・所外活動(2回)
・被災地ツアー(任意参加)
・御礼祭(前夜祭)


▼野外訓練
途上国の生活様式を派遣前に経験するということで、水汲み、火起こしでの自炊、オリエンテーリング(9km11km13kmから選択、イメージ的にはクイズラリーが近い?)、様々な野外活動講座(ロープワーク、水のろ過、石鹸作り、魚のさばき方、鳥のさばき方、ヨガ、ボディパーカッション、ネイチャーゲームetc)を2日間行います。夜はテント泊。

なんと1日目の夜、豪雨、雷、突風、雹に見舞われるという事態。2日間で様々な天候を経験でき、ラッキーでした!()



▼所外活動
新しい場所で、自分の役割を探し、相手との信頼関係を築くということで、複数人で受け入れ先の活動場所へ2回伺うという内容。(受け入れ先は、農家さん、保育園、老人ホーム、障がい者支援施設、NPO等々)

私は、保育園に。久しぶりのちびっこたち\(^^)/伺った保育園は、0歳~5歳までを対象としている保育園で、1回目と2回目それぞれ年齢が違うクラスを担当しました。


放射能の影響を考慮して、園児たちが外で遊べる時間も制限されていたので、夏場でも水浴びやお散歩の時間も極僅かでした。外がだめでも中で思いっきり遊びました。


同時に、中学生の頃、職業体験で行った保育園の経験とはまた違った角度で、保育園を見ることが出来た気がします。訓練所の生活に疲れていたこともあり、かなりリフレッシュすることができた所外活動でした。



▼被災地ツアー
訓練所がある、福島県二本松市。ということで、被災地ツアーが任意参加で開催されました。1つはいわき市、もう1つは南相馬市へ。どちらに参加するか考えましたが、やはり何度か足を運んでいる南相馬市を派遣前に訪れたい、と思い南相馬市のツアーに参加しました。どちらのツアーも日帰りで、被災地関連の施設や、関係者の方のお話を伺うというのがどちらのツアーも共通項としてありました。

南相馬市ツアーは、被災地視察(小高区、海岸沿い周辺)、道の駅、南相馬ソーラーアグリパーク見学という内容でした。名前だけは知っていたものの訪れたことのない、ソーラーアグリパークは、大人も子どももエネルギーのことを考えながら学ぶことが出来る場所だと感じました。




被災地に初めて訪れる候補生も多かったようで、それぞれ何かを感じ考えることが出来たツアーなのではないかと思います。

▼御礼祭(前夜祭)
NTCでは、訓練修了間際に候補生が企画し出演も候補生という前夜祭というものがあります。26-2では、感謝を示そうという意味合いも込めて、“御礼祭”とし、企画・運営を行いました。しかし、この御礼祭の時期が、最終試験の直後ということもあり、かなりどたばたとした準備になりました。



当日、美術、デザイン隊員に作ってもらった看板


内容は、楽器演奏や合唱、劇、ダンス等々、それぞれの趣味や特技を生かした演目でした。御礼祭実行委員長に声をかけられ、実行委員として準備に取り組みましたが、今思えばよくやったなーと思います。


出演演目は5個。(ダンスx2、歌x2、ボディパーカッション)

それらの練習、投票関係の準備、集計。もちろん試験の勉強もきちんとやりました。Tクラスの最後のワークショップも。

出演者同士はもちろん来場してくれた人たち全員に、訓練所での最後の思い出として御礼祭が刻まれたであろうと思います。早朝練習やすき間時間にやった練習、直前に詰め込んだ練習も今となっては全部いい思い出です。()




さてさて、訓練所での生活はイメージしていただけたのではないかなと思います。


次回は訓練所編最後として、訓練を受けての自分の気持ちを書いて終わりにしようかと思います!



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2014-11-07

派遣前訓練その3

3弾は、生活班・委員会編~

訓練所では、生活班、委員会での活動が訓練の半分くらいを占めていると言っても過言ではありません。


生活班とは、宿泊棟にある居室を1015人程度で1班として生活や様々な訓練プログラムを共に行う班のことです。朝起きてから、夜の点呼まで、顔を合わせることがない日はないのではないかというくらい、多くの時間を共有します。

生活班では、週1回班別ミーティング・班ゼミというものを行ったり、班での生活ルールを共有したり、班Tシャツを作ったり、誕生日会をしたり、スポーツ大会、野外訓練、日本研究、前夜祭等々、楽しいことから真面目なことまでを共に行います。


そして、語学や人間関係等々の悩みをお互い打ち明けることが出来るのも生活班のメンバー。本当に笑いあり、涙ありです。


この生活班、とても不思議なのが、班によってカラーがあり、似たような人が集まっているような気がしました。(26-2NTCの場合、名前順で班がわけられています)
名前順なはずなのに、すごいね~とよく班の人と話していたことを思い出します。

生活班のメンバーが私はとても好きで、協力隊の活動が終わり、帰国した際にはまた会いたいと思っています。



そして、各班からそれぞれ委員会メンバーを選出します。委員会は以下の通り。

・班長(生活班班長、宿泊棟のルールや生活ルールを決めたりする)
・体育委員会(朝のラジオ体操・ランニング(運動)、スポーツ大会企画・運営、体力測定)
・図書委員会(図書館の図書貸し出し)
・講座委員会(各講座の連絡、ボランティアスピリット講座の企画・運営)
・野外訓練委員会(野外訓練企画・運営)
・ラジオ委員会(ラジオ番組作成・編集)


委員会毎でミーティング・活動頻度は異なりますが、どの委員会も訓練活動に欠かせないです。
また、委員会に所属していない人は、食事当番や全体日直というものをやったりします。


ちなみに私は体育委員でした。最初の頃は、ラジオ体操やる気ないだのと言われたりしましたが、最後までにはラジオ体操2番までばっちり出来るようになりました!笑

スポーツ大会の種目、ルールも体育委員が決めるので、体力のあるなし関係なしに参加できることを踏まえたうえで考える必要がありました。種目を楽しんでもらえるか、どきどきひやひやしましたが、楽しめたという声が多く聞けたので頑張った甲斐があったなと思いました。


次は、スポーツ大会を除いた訓練所での行事等々について。

訓練所編はあと2回を予定してまーす!


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2014-11-06

派遣前訓練その2

2弾は語学・講座編~

まず、訓練所内では、ID(名札)の携帯が必須となっています。
訓練言語がストラップの色で分けられているので、一目でその人の訓練言語が分かるという仕組みです。

そして、訓練言語を基本的には使うことが決められているので、自分と同じ色のストップをしている人にはその言語を用いて会話をします。(宿泊棟では緩い)
研修棟の天井にはこんな文字が


英語が訓練言語の候補生は、非英語言語の候補生の挨拶や簡単な会話を真似したりもして、訓練所内の会話はとてもインターナショナルでした。



前回の一日のスケジュールにも記載したように、語学は一日に約5時間。自習時間も含めると人によっては、10時間やそれ以上になることも。


英語の場合、午前中は、ホームクラスといって日常会話中心のクラスがあります。

クラスは大体4人~6人の少人数制でレベル別に分けられ、私のクラスは、6人でした。
英語の講師の先生の出身地は様々で、アメリカ・イギリス・アイスランド・フィリピン・ネパール・ジンバブエ・ガーナ等々。

テーマに沿った英会話(買い物、道案内、病院、電話応対、派遣先での挨拶練習等々)や、派遣国や出身地のプレゼンテーション、11記事ずつ新聞から選んだニュースを発表したり、宿題で文法をおさらいしたり日記を書いたり、とにもかくにもコミュニケーションがメインです。

マラウイ紹介パワポ



そして、Cooking ClassOutdoor Lessonという日があります。
Cooking Classはクラス毎でメニューを考え、英語を使いながらみんなで料理をし、Outdoor Lessonでは、訓練所の外に1日お出かけ(プランもクラス毎で別々)をしながら、訓練所の外でも訓練言語を使う練習が目的とされています。


Cooking Classでは、お好み焼き・ゴーヤチャンプルetcを作りました!
訓練所ではなかなか粉ものを食べる機会はなかったので、美味しかった~。



Outdoor Lessonでは、二本松神社、郡山駅周辺散策をしました。(ふれあい科学館、ランチ、ショッピング)
ホームクラスは、笑いが絶えないクラスで、ロールプレイやプレゼンも楽しかったし、自分の鈍っていたスピーキングも取り戻せました。


英語が訓練言語の場合、午後はTechnical Class(通称Tクラス)があります。

これは、派遣先での活動を想定した英語を学習するクラスです。
大体職種毎にクラスが構成されます。コミュニティ開発は分野ごとにざっくりですが、クラスが分けられていました。(農業・水/衛生・NGO/一村一品関係)

コミュニティ開発のTクラスは、自分の要請内容に基づいたワークショップを1週間に1回(50分間)クラスメイトに対して行うというのがメインでした。
技術補完研修で学んだ“ファシリテーター”という役割を英語で行うということは、思っていた以上に難しいことでした。

まず、5回分のテーマを先生のアドバイスをもらいながら決定。
対象者は誰なのか、ワークショップを通して、何を考え、そして得てもらうのか、どのようなアイスブレイクやディスカッション、アクティビティが効果的か、どのようなヴィジュアルを用いてイメージを抱いてもらうか等々。

まさにゼロからの組み立てで、自分のアイデアがぽんぽん浮かぶ時もあれば、直前までこれで本当に大丈夫かなと思うときも。
しかし、アイデアがぽんぽん浮かんで自分の中ではいけると思っていても実際にワークショップの最中に上手くいかなかったり、フィードバックで指摘を受けたり、逆に不安だと思っていた回が終わってみたら上手くいったりと、一喜一憂なTクラスでした。


しかし、ファシリテーターとして自分がどのような立ち振る舞いをするべきかというワークショップを実施する中で重要な部分をTクラスで学ぶことが出来ました。

ちなみに、ホームクラスもTクラスも他の同じくらいのレベル・同職種のクラスとのJoint Classというのもあったりして、多数の人と話が出来る機会もありました。


そして、講座。
講座は、青年海外協力隊として派遣される上で知っておくべきことを、多方面から様々な分野の講師の方がしてくださいます。

大きく分けて、
・国際協力関係講座JICA概要やODA等援助関係)
・安全対策分野(犯罪、交通事情等)
・健康管理分野(マラリア、HIV/AIDS、メンタルケア、歯科衛生、予防接種等)
・活動関係分野(ファシリテーション、コミュニケーション、プレゼンテーション、野外訓練、所外活動等々)
・自主講座(候補生が候補生に対して自主企画で行うもの)

ボランティアスピリット講座時のワールドカフェ形式での話し合い
なんとなーく内容は想像していただけると思うので、自主講座について軽く紹介。
(野外訓練、所外活動は別記事にて触れます)


候補生が今まで培ってきた経験・知識を他の候補生に対して、様々な形で企画・開催できるのが、自主講座。

私が訓練所にいた際は、折り紙、けん玉等の日本の遊びから、環境教育、マーケティング、マスメディア等の経験・知識を生かしたもの、スポーツ、ストレッチ等々、オールラウンドです。

自主講座の参加は任意なので、自分が知りたい、やってみたいと思うものに参加。
ちなみに、私は技術補完研修のHIV/AIDS研修のメンバーと一緒に自主講座を開催しました。

基礎的な知識(HIVAIDSの意味合いの違い等)、グループワークを通して、HIV/AIDSは途上国だけの問題ではなく、誰にとっても身近な問題であるということを伝えました。



他の候補生の自主講座も目からうろこなことばかりで、とてもいい刺激になりました。


様々なバックグラウンドを持った人たちと出逢えるのも協力隊の面白いかつ素敵なところ。

次回は生活班、委員会活動について!



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