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2017-05-13

療養帰国から本帰国までの激動の日々

完璧に時間経ちすぎましたねー。でも更新します!

一時療養帰国から本帰国までの日々!

2ヶ月間(7月~9月)しかなかったけど、とてもとてもハードな2ヶ月間でした。

それと同時に本当にかけがえのない幸せと愛おしい時間を過ごすことが出来ました。

まず、衛生啓発のイベントがどうにかこうにか形になりました。

開催地でのキックオフミーティングから各種デモンストレーションの練習、会場設営等々で足繁く通い、ドラマの出演依頼を違う村にお願いしてそちらの練習も監督し、招待状をあちらこちらに配り、JICAへの業務費の申請(配属先の予算不足の場合、申請によっては業務費が支給される制度があります)を行ったりと、まぁ挙げればキリがなかったですね。

それと並行して、オフィスの3S(整理・整頓・清掃)を行い、後任要請を出さなかったので、少しでも5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)を続けやすい環境を整えたかったという理由で、マニュアル作成。

そして栄養改善を目的とした地域での料理教室開催。

それプラス通常業務(乳幼児健診やら家族計画の定期受診)。

書いてるだけでもよく分からなくなってきますね。笑

いやー、この短期間でこれだけのことをやり切ってくれたとカウンターパート、同僚を褒め称えたい!!!

ひーひー状態な私を横目に、彼らは目に見える限りそこまでひーひーせずに物事をこなしていて、頭が上がりませんでした。本当にすごい、の一言です。

その衛生啓発イベントをかなり簡単にご紹介します。

蚊帳の貼り方を練習したり、ドラマの練習をしたり、ダンスの練習をしたり。
ちなみにドラマもダンスも衛生啓発について。(例えばトイレの後は手を洗おうとか栄養バランスを考えてご飯を食べようといった内容です)

当日。アフリカンタイムということで3時間遅れでスタート。笑
会場の一部。お偉いさんたちの席。
蚊帳の使い方デモンストレーション中


ドラマの一部
井戸の正しい使い方説明中



ですが、招待者や近隣、JICA関係等合計で100名以上が参加してくれました。
そして、招待者の方々からは運営、コミュニティ主体のやり方等を評価していただき、涙涙でした。
私がというよりもカウンターパート、同僚、開催地のコミュニティの頑張りや姿勢が評価されたと思うと嬉しくて嬉しくて。

というのも準備期間に私のカウンターパートが言ったんですよね。

「当日は僕らではなくコミュニティが主役なんだから、彼らが堂々と発表出来ることが大切なんだ。だから練習もきちんとしないとね。一種のエンパワーメントだよ。」

こんな言葉が出るなんて!!!!!
しかも、それがきちんと他の開催メンバーの同僚たちにも浸透している!!!

本当に本当に心から嬉しかったです。私の隊員スタンスとして一番大事にしたいと思っている所が伝わった(ということにして下さい。笑)し、それを行動に起こしている!

それこそ、イベント終了後の反省会というかお疲れ様の挨拶のときにはマラウィアンの前で初めて号泣しました。

悔しくても、腹が立ったときも、嬉しいときもマラウィアンの前で泣くということがなかったのですが、達成感と嬉しさが頂点を越えたようでボロボロと泣きました。(笑)

これがまず1つ目のマラウイに戻って本当によかったこと。

次に3S活動。

前からやりたいやりたいと言われていた活動に短い期間ながらも取り組みました。

正直、これは私が率先してやろうよとは言っていないものでした。なぜかというと、私が率先して整理整頓しても掃除要員として彼らが継続することが全くといっていいほど想像できなかったからです。現に前任先輩隊員たちが取り組んでいた形跡がかすかに感じられるくらいにしか残っていなかったですし。

しかし、カウンターパート+やる気がある同僚2人が取り組みたいということと、他の同僚たちも少なからず汚いオフィスにイライラしていたようなので、早速開始することに。

整理整頓もほとんど問いを投げかけるだけで自分たちで分類したり分けたりしてもらいました。棚のレイアウトも彼らにお任せ。実際の移り変わりはこのようになりました。



私はその手順をマニュアル化することとリクエストをもらったラベル作り専門みたいなポジションに徹しました。

配置もラベルも彼らが分かりやすいことが一番。
もちろんこんな風に書類を分類したらどう?ここにこれを置いたら?というような提案はしてましたが、それも彼らが嫌だと言えば折衷案やらボツにしたりしました。

と言ってもすぐ折れるというスタイルではなくて、なぜそれがいいと思ったのか、なぜ嫌だと思ったのかということもしつこいくらい聞きました。
だから、作業だけすれば短い時間で終わることも話をしながらやるので、すぐには終わりませんでした。これが効率が悪いと言われれば、その通りかもしれないですが、彼らの整理整頓や業務効率の考え方を知ることが継続性に期待が持てると思ったので、そこは時間を掛けました。

そのおかげか、「これは●●をするときにすぐ取れるようにここにまとめて置いておけば効率良いからさ。」というような会話が同僚間で生まれました。
なにせ狭いオフィスを10人くらいで使用するので、使ったら適当な場所にポイっとしたり、とりあえず押し込んでしまう、積み上げるという行動が染みついていたんですよね。それに掃除をすることをドヤ顔で5Sやってるよ!と言うような人たちばかりだったので、多少の変化が生まれたかなと思っています。

そしてそして嬉しいことに帰国後半年くらい経ったときに同僚が写真を送ってくれましたが、ほとんど変わらず使ってる!!!

そもそも写真を送るのもネット環境悪いのに送ってくれることだけでも感動でしたが、ちゃんと継続してるということが心から嬉しかった。


あとは栄養改善ということで地域での料理教室を同期隊員とコラボして開催。

そして「帰るよー」の挨拶回りをして(と言っても多分まわってた場所半分くらいしか行けてない苦笑)、配属先で日本食を大量に(徹夜で料理を作るという意味わからんことしました)振る舞うパーティーをして、ばたばたと荷造りをして、首都に引き上げ帰国という形で私の青年海外協力隊員としての2年間は幕を閉じました。




閉じたと書いてはみたもののここからがスタートなのかもしれないなと思っています。それはまた別記事で書こうかな。協力隊期間の総まとめみたいな感じで。

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2016-08-17

共に進むことを実感したこと

つい先日、本当は3月にやるはずだったイベントをやる村にもう一度来月やりましょうという話を同僚としにいった時のお話。

とりあえず最初に私は挨拶と謝罪から始めました。

そこで同僚が感動的な説明を私に代わってしてくれました。

そもそも彼女が帰ってきたのはマラウイが、ここ(任地)が大好きだからだ。彼女は9月で任期が終わってしまう。たった2カ月なのにそこまで出来ることに敬意を現すべきだ。

その話をされてる間、日本にいた時の時間を思い出して、今は普通に生活してるけど辛かったなとか、本当に戻って来れたんだなとか。色々思いを巡らせて泣きそうになってしまいました。
それに同僚がそういう風に思ってくれていることも嬉しかったんだと思います。

任地に戻るときに、短い期間で何が出来るだろうとか、独り善がりな活動になるんじゃないか等と考えていた自分がなんだかちっぽけにも思えました。
というのも、同僚や上司は私の予想以上に色々動いてくれているし、考えてくれている。そして、村の人たちも練習や準備を確実に進めている。ちゃんと同僚や上司や村の人たちと同じ方向で進んでいると実感出来ました。


このくらいで泣きそうになるとは、予想外すぎて自分自身驚きました。
引き上げるときとかのことを想像したら、大変なんじゃなかろうかと思ってしまいました。

という訳で、今はイベントに向けて足繁く村に通っています。
ちなみに衛生啓発に関するデモンストレーション、ドラマ、ダンス等を盛り込んだイベントになる予定です。
村のみんなも一生懸命がんばっているし、上手くいきますように。


同僚が村の人たちにイベントについて説明中
当日までのアクションプラン作成



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2016-07-31

再赴任の後の結論

さて、任期についてですが、延長せずに帰国することにしました。
理由は幾つかあるので、順に。

1.配属先の仕事がある程度は回っていた
以前は隊員がお尻を叩いていた頃もあったのですが、それはもはや過去の話。全員が真面目にとはいかないですが、困らない程度には仕事を回していました。
日本人がいるからいいやとサボり癖を再発させないためにも延長はやめようと思いました。

2.結局のところ自分はボランティア
上記と関係していることですが、結局自分はここに永遠にいるわけではないし、やはり彼らが積極的に物事や課題に取り組むべきだと感じたんです。冷たく聞こえるかもしれないですが、配属先は何人かの隊員が入っていて、良くも悪くも日本人の扱いに慣れていたし、特性も分かっている。もうそろそろ隊員がいない環境を作ることも必要だと思い、私自身も後任の申請をしていません。彼らはやれば出来る、けれど甘えられるなら甘えたい、そんな状況を卒業するのも彼らのためだと思いました。
それに延長した場合の考えていた活動内容は、少し独り善がりな部分もあったので、それも違う気がしました。”ボランティア”と言えど人それぞれ捉え方があって然るべきものだと思います。私が思うボランティアは、独り善がりなものではないと、療養中に初心に触れられたこともあって、ストンと心の整理が付きました。

3.活動の見通しが経った
再赴任した後、延長は出来ないこともないが難しいと思うという程でカウンターパートと話をしました。私が療養する前にやろうとしていたことをもう一回やる気になってやってみないか?と聞いたところ、やる気はあるし9月の引き上げ前までには出来るという意気込みを聞けたので、わざわざ先延ばしにする必要はないなと思いました。他の活動も私がやっていたことを引き継げるような形にするということで話がまとまりました。
その時には挙がっていなかった活動も現在始めたところです。これもカウンターパートからサポートしてほしいという提案からでした。
なので、今結構バタバタとしていますが、充実した毎日です。

4.次の進路の見通しを考えて
次の進路ですが、現在大学院進学を考えています。夏の入試の受験は難しいので、冬の入試を受験予定です。それが来年の1〜2月。延長してもしなくても受験は出来ます。(延長しても帰国は12月末の予定だったので)ですが、英語スコアと研究計画書のことを考えるとやはりマラウイでその準備をして、活動もするということはなかなか簡単ではないと思いました。(学部とは違う専攻に進もうと思っているため、特に研究計画書に時間を割かれるという予想で)なので、その準備期間を設けてもいいのではないかと思いました。

5.多少の不安
やはり、今回このように病気になり、療養した期間もあり同じようなことが起こらないと自分で100%自信を持ち切れませんでした。もちろん誰しも100%何もないとは言い切れませんが、人よりその可能性はあるということが自分の中で払拭しきれませんでした。任地の人とは良い思い出でお別れをしたいというのも強く思ったことです。

という諸々の理由から、結論に至りました。
任地での毎日を噛み締めて、大切にしながら、残りの任期を過ごしていこうと思います。



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2015-07-13

“Poor”は誰が決めること?


マラウイに来て、「We are poor.」という言葉を何度聞いたか。その回数は数知れず。

「We can't ○○ because we are poor.」という言葉も。

耳にタコが出来るんじゃないかと思うくらい。そして大抵の場合、ドヤ顔で言うマラウィアン。

私はその度に思う。マラウィアンは金銭的にはpoorかもしれないけれど、精神的にはrichだと。

このpoorだとかrichだとかいう定義は、先進国が貨幣経済に基づいて決めたこと。
(povertyとpoorは定義が別だと思っています)

つまり、貨幣を使わずに生活出来る場合の状況をあまり考慮していない。

マラウィアンを見ていて思う。彼らは本当にお金を使わない生活をしている、というよりお金を使う必要が少ない。
(もちろん必要な物を購入するお金が足りず、その場しのぎになることもあります、特に仕事面では)

なぜなら、食べ物は自分たちで作っているから。壊れても直す、捨てるということをしない。



先日、同僚と村人と3人でこんな会話をしました。

村人    「You can't stay in Africa, because there are lots of problems caused by poor.」
私     「Why not? I can stay here.」
同僚    「You can't, because Japan is a rich country.」
私         「It's true but Japanese can't live without money. However, you can live without money isn't it?」
村人・同僚  「Exactly!」


というような感じ。



だからと言って、彼らがお金を使う生活を望んでいるのかは、まだまだわからない。
Poorならお金や物がもらえるから、そのままでいいと思っているかもしれない。
協力隊生活が終わっても、わからないかもしれない。




先進国が唱える“開発”の形が正しいのか、それすらも答えは見つけられないかもしれない。
先進国が唱える“Poor”が何を意味するのか、その定義に当てはまる国や人は本当に“Poor”なのか。




マラウイに来てから、国際協力や援助の考え方が、大きな渦になって脱出することが出来ない。
日に日にマラウィアンと仲が深まるたびに渦はどんどん大きくなる。



冒頭に書いた「We can't ○○ because we are poor.」が「We are poor but we are/can ○○」に1人でもなるといいな。



そのためにも自分の思いを少しずつでも日々伝えていこう。



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2015-06-07

マラウイに来て感じた“距離感”と“尊さ”

マラウイに来る前までは、“アフリカ”って、とても遠い存在だと思っていた。

到着して2~3ヶ月経ったくらいから、遠いどころか近くにマラウイやアフリカを感じることが出来ている。



日本にいると“アフリカ”という文字には、貧困、紛争、感染症…等々マイナスに捉えられるキーワードが関連付けられ、語られることが多々ある。


けれど、マラウイに住み感じることは、“世界中どこでも【人】の生活が営まれている”ということ。

これが私にとってのアフリカに対する距離感を一気に縮めてくれた。

誰にでも生活があり、学び、笑い、恋愛をし、家庭を持っているということを分かっていたつもりだったんだろう。

頭ではなく肌で十二分に理解することが出来たのは、マラウイに来たおかげだと思っている。

多くのマラウイ人と接し、関わりを持つことでよりはっきりとそれらの場面を目にする。


だから、決して場所と場所の距離だけで、「遠い」と、距離感を自分の中で作り上げることはやめようと思うことが出来た。


そして、日々の数多くの尊さに気付ける、気付かされること。

日本での生活でこれほど尊さに敏感になれることはあるんだろうか、と考えることもあったり。

衣食住が満たされていること、近所の人との他愛ない会話の時間、1~2週間会わなかっただけでも寂しかったよーと言い合う人間関係…

きっとこの“距離感”と“尊さ”の2つが、マラウイから与えてもらえた2年間でのプレゼントなのかなと思う今日この頃。



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2015-04-23

マラウイでの約半年を振り返る

日常についてブログに書くのが得意ではない方なので、振り返りですが、この約半年について簡単にまとめてみます。

9月30日:マラウイ入国
 サハラ以南アフリカに初上陸。想定外に赤土だらけではないことに驚く。
 入国前に抱いていたアフリカ人(マラウイ人)に囲まれるドキドキ感は思っていたより少なかった、
 というより皆無に等しかった。

10月:オリエンテーション、任地視察、現地語研修
 多少の高地+首都のゴミゴミ感+大人数でのドミ生活+iPhoneなくしたことで少々メンタルをやら
 れ発熱。
 任地視察で地方のゆったり感に癒される。が、油っこい食べ物が多かったのか、体調崩す。
 滅多に体調を崩さなかったのに、ほぼ毎週の体調不良で、自分はアフリカが合ってないのかもと
 真剣に考え始める。

11月:任地赴任
 同期は続々と赴任していく中、ドミに取り残される。
 早く赴任したいようなドミ生活もいいなと若干ふてくされる。
 11月20日:ようやく赴任
 家具も何もかも1から揃える。水道がない、虫との戦い等々、生活面で必死な日々。

さすがに何もないとあれなので椅子を置いて撮影(笑)


12月:任地が好きになれない
 とにかく任地が好きになれず、もやもやたまにイライラな日々。
 上司からの一言が図星を付きすぎていて撃沈。
 他の任地と比べて自分の任地をダメ出しして、それを安心材料にしてた。
 とにかく出来ることを探そうと、バイクがない中歩いてニーズ調査。

1月:心機一転
 新年にもなったことだし、ニーズ調査をメインに活動の方向性を定めようと色々な場所へ。
 1月下旬にはバイクも到着。行動範囲が広がり、歩いていたよりも回れる場所が増える。
 配属先の業務(U-5 Clinic:5歳未満児の体重測定、予防接種)にも慣れてくる。
 教会でのコーラスに参加し、売名行為を図る(予想以上に効果抜群で逆に驚いた(笑))

カルテがないため1人1冊ヘルスパスポートを持つ
村でのU-5 Clinic



2月:赴任後3ヶ月オリエンテーション、現地語研修。前向きに!
 青年海外協力隊は、任期の2年間の間、計5回活動報告書というものを提出します。
 JICAマラウイ事務所では任地赴任後3ヶ月後にオリエンテーション(報告書に関すること、PCMワ
 ークショップ、現地業務費説明etc)が行われます。
 そして、赴任前にあった現地語研修のアドバンス研修(任意)に参加。
 言いたくても分からなくて言えなかったことや単語をたくさん習得し、早速任地で使ってみること
 に。
 マラウィアンにうけること、うけること。これで活動にも力が入る!

3月:悲しい現実、少しの光?
 自分で描いていた地図から村人、同僚etcと書き手を現地の人に移行し、完成したものを学校に
 貼ってもらい、そこから地位や年齢、そこに住む人、住まない人によって視点が違うこと、何がそ
 の村にあるかをワークショップ形式で話し合ってもらいたいと思い、模造紙に写した地図を
 学校に渡すことに。

 月初めに渡し、月末に見に行くと貼られることなくころがっていた。
 社会等の授業でも役立ててほしいと言って渡したけれど、貼る意味も伝えたけれど、伝わってい
 なかった。
 そろそろニーズ調査だけではないことにも取り組みたい。その気持ちが通じたのか、任地周辺で
 支援をしているNGOスタッフとたまたま仲良くなり、活動を見せてもらう機会を得た。



村の人が描いた地図

同僚が描いた地図















 けれど、任地周辺に支援をしているNGOは、活動内容は違えどざっと数えて二桁近く。
 自分にできることってあるんだろうか、自分に専門性があったらそれを武器に出来るのに。と悶々
 と悩む。
 そんな悩んでいた時、配属先は違えどたまに活動を一緒にしていたCDA 
 (CommunityDevelopment Assistant)から連絡が。
 その連絡がなかったら、多分ずっと悶々としてたと思う。
 4月初旬にCOMSIP(Community Saving and InvestmentPromotion)グループのミーティングに
 参加することに。     

 4月:ようやく見えてきた?活動
 そしてCOMSIPのミーティング。なんだか大分歓迎ムード。同僚のCDA、ムロンダに話を聞くと、

 ム)「今日は僕はポリッジ(お粥)のデモンストレーションやるけど、あおいは何するの?」
 あ)「・・・・・・え?何するのって?」
 ム)「あおいもグループの人にデモンストレーションするでしょ?このグループはスコーン(マラウイ
    人の“スコーン”は日本人からしたら“パン”)を作ってるよ。だから、それに合うものとか何か
    してよ!^^」
 あ)「・・・・・・。今日ミーティングに参加してグループを紹介するって言ってたけど、そうじゃない
    の?汗」
 ム)「あれ、言ってなかったっけ?じゃ、なんでもいいから、今後彼らの役に立ちそうなことやって
    よ」
 あ)(材料も道具も何あるか知らんわ。。。)「どういう材料があるの?」
 ム)「僕は豆のポリッジやるけど、何かあるんじゃないかな」
 あ)(豆しかないやん、それ。泣)「砂糖はある?豆の甘煮ならできるかも」
 ム)「あるよ!じゃ、よろしく!」

 マンダシ(揚げパンみたいなやつ)に入れたら、おいしい+付加価値をつけて売れるよという感じ
 でデモンストレーションしました。
 量もその場で決めたのであまり良い説明ではなかったけれど、このグループと近所のもう一つの
 グループの人に「教えて!」と言ってもらえたので、即興の割にはまずまずだったかと。
 こういうとき準備してないとあたふたする性格だから本当困った(笑)

 そして、次は、同期の力も借り、両グループに改良かまどを試作。(販売量増加、煙・火傷防止、 
 薪、時間節約etc)
 

  

 
        

   


 これからモニタリング、フォローアップ、新規作成の声があれば、対応して、スコーンについてもマ
 ーケティングや販路開拓等のフォローをしていく方向になりました。
 かまどは問題点もあるため、改良をさらに図っていこうと思ってます
 あとは、U-5 Clinic時の栄養失調児の洗い出しのための記録指導、改善。
 目先はこんな感じですが、まだ温めていることも時期を見て出来そうならやってみたいと思ってま
 す。
 

とまぁざっくりながら約半年の振り返りでした。

落ち込んだり悩んだりもしながら、楽しいときも癒されるときも、全てはマラウイが与えてくれているとしみじみ思います。

意外に活動記も書いてて楽しかったから、少しずつ更新していこうかな!


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2015-01-17

マラウイの歩き方 パート1

ガイドブックや情報が少ないマラウイ。

というわけで、“マラウイの歩き方”と題して、

旅行した先々を不定期ですが紹介していこうと思います!



今回は、北部編



★カロンガ(Karonga)

カロンガは首都リロングウェから大型バスで約10時間。
(と言ってもバスの接続上、ムズズで一泊は必要)

マラウイ湖沿いの中都市。
タンザニア国境が近いため、モノ・ヒトの往来が多く宿泊先も比較的多い街。


カロンガの街や人の印象は明るく、道々によって雰囲気が変わるところが個人的にはとても気に入りました。



そして、カロンガに赴任している隊員によるタンザニア料理巡りは最高でした。

ということで、料理紹介!

*コンドーレ
マラウイの主食はメイズから作るシマ。
コンドーレはキャッサバ粉からできたもの。食感、味共に異なります。
シマは比較的やわらかいですが、コンドーレは餅のように弾力があり、歯ごたえがあります。









*タンザニアスープ
プランテイン(甘くないバナナ)と牛肉の塩味のスープ。
牛肉は固めが基本なマラウイで、このスープに入ってる牛肉は柔らかく、
スープもラーメンの塩味みたいな感じで、お酒の後に最適!な感じのお味でした。


*タンザニアビール
マラウイはCarlberg、Chili等のビールがあるのですが、
今回は、Kilimanjaro、Safari、Castleの3種類を飲みました。
そこまで苦みもなく、飲みやすかったです。

*バラ
トマトと肉を煮込んだ料理(?)。
今回は惜しくも食すことが出来なかったので、次回リベンジ!笑

*チャンボ
マラウイ湖沿いにある、カロンガは魚もたくさんとれます。
チャンボはマラウイでよく食べられる白身魚の一種。
首都や任地でも食べたことはあったのですが、カロンガのチャンボは
身が詰まっていて、おいしさもピカイチでした(^o^)



近々中華料理屋もオープンするらしく、ますますカロンガの魅力が増えていきそうです!



★リヴィングストニア(Livingstonia)

カロンガからミニバスor長距離バスで1時間半くらいの場所(ムズズから約3時間~4時間)に
Chitimbaという小さい町があります。

そこから、マトーラ(車の荷台)もしくは車をチャーターし、険しい山道を登ること約40~50分。

Mushroom farmというロッジ、そしてその先にLukweというロッジがあります。

両箇所ともエコロッジでゴミはコンポストに、トイレもエコサントイレに、敷地内には菜園有りと
なんともマラウイとは思えぬほどの宿泊先でした。

どちらのロッジもオーナーが欧米の方ということもあり、センスが抜群!
(写真はすべてMushroom farm)






そしてそのロッジからマトーラ・車でさらに登ること30分強。
そこにリヴィングストニアという小さな町があります。


なんでも、1894年スコットランド人の宣教師リヴィングストンさんという方がミッション系の病院や教会、大学を作り、町を発展させていったようです。

なので、町並みがマラウイ、アフリカとは思えない雰囲気でした。

そして、欧米からの観光客の方々も多々。

リヴィングストニア大学


教会





私の任地が平坦かつ山が遠いということもあって、並木道があるリヴィングストニアで森林浴気分を味わえました。笑







さて、パート2はどこになるやら(..)

お楽しみにー!

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不便の中にあるもの

挨拶が遅れましたが2015年もよろしくお願いしますー!


去年の今頃書いたことと類似記事ですが、書き留めておきます。



冷蔵庫は家電の三種の神器と言えるほど便利なもの。

冷蔵庫が壊れて、

「あー、冷えた飲み物が飲めなくなるのかー」
「肉とか冷凍保存できないのかー」
「野菜、パンが腐るの早くなるなー」
(買い物に行く回数を増やして少量ずつ買うのかー)

等々、最初は思ったけれど、ふと、


家電を持つことは、先を見据えた行動をとること


につながるんじゃないかなと。


つまり

冷蔵庫で食料が保存できる=何日間かの献立ができる=何を買うか考えて買い物する=先を考える

という風になるんじゃないかなってぼんやり思いました。



便利ということはある程度時間の見通しを立てて生活する、仕事するということなんだなと感じています。

だからこそ、便利なことが少ないマラウイで、見通しを立てすぎず流れに身を任せるということも学んでいる今日この頃です。




ですが! 停電断水に関しては、ある程度の余裕(貯え)を持つことは大切です。

停電ならば、バウラー(七輪みたいなもの)で火を起こして料理をしたりお湯を沸かしたり。

バウラーはそんな何個も持っているわけではないので、クッカー、ケトルのように効率よくはいきません。


そして、停電によって貸与携帯、パソコンの充電がもたないということがなによりもひやひや。

うーん、連絡手段を途絶えないようにする、こういうところはまだまだ日本人。笑
(週1回JICAに安否確認の連絡をしたり、緊急時に備えるということもあって携帯を貸与されています)



私は水道がない家なので良いっちゃ良いのですが、同期の水道がある家の話や水道がある同期の家に泊まっていた時に、断水って、とてつもなく生活に支障をもたらすと強く認識。


だからこそ、水道があるなし関係なく、水をくむ場所を事前に知っておくこと、多少の水の貯えておくことはかなり重要。

そういう点は現地の人の方が長けていると感心してます。



電気、水が人間の生活を支える大きな柱だということ、それらが供給されることの幸せ、喜びを手に取るように感じられるこの生活、私は嫌いじゃないです。


便利の中に隠れてしまっていること、不便だからこそ気付くこと

それらにあとどのくらい出逢えるか楽しみ!



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2014-12-20

仕事と生活のプライオリティ

マラウイに来て強く感じること、それは価値観、プライオリティ      


アフリカンタイムという言葉があり、その意は、ゆったりのんびりとした時間のことを指し、悪く言えば、物事が計画通りに進まない、時間を守らないということらしい。


それは、グローバルスタンダードから見たら、信頼を得難く、発展を妨げる要因という風に捉えることも出来る。


違う側面から見るとどうか。


彼らは仕事よりも“生活”にプライオリティがあるように見える。
(もちろんバリバリ働く人もいるとは思いますが)

家事、畑仕事、ご近所さんとの会話、親戚との付き合い(冠婚葬祭etc)等々。

だから、生活で何かあれば仕事に遅れてきたり、欠勤するのは仕方のないこと。

それを日本人やグローバルスタンダードに当てはめようとするから、お互いにイライラしたりするのではないのかなと。
(確かに、遅れるなら遅れる、休むなら休むという連絡、コミュニケーションを怠るのはいかがなものかと思うところもあるけれど)


そして、時間をお金にするということではなく、労働(やったこと)に対してのお金という考え方も日本と違うところかなーと。だから、時間に追われたり、焦ったりしない。



どっちがいいとか悪いとかではなくて、違いをきちんと受け入れあうことが必要なんだろうなと感じている最近。



きっと“生活”することも大切な“仕事”





何をどう“仕事”と捉えるかの違いなだけなんじゃないのかな。


生活が成り立った上での仕事なのか、生活を成り立たせるための仕事なのか。


それは、お金がないと生活できないのか、なくても出来るのか、

そして、生活の“質”や知恵ということにも関わってくるような気もする。






この前とあるマラウイ人にこう聞かれました。
(ちなみに彼とは宗教ネタでディスカッションを交わしたこともあります(笑)これはまた別の機会に。)



「日本はどうやって(なぜ)発展することが出来たのか?」



私は何を思ったのか、


「生活よりも仕事を選んだから。仕事に対して、真面目に、厳しくなったから。etc

と答えてしまい。。。



後になって思うと、もっと良い言葉を選べたんだろうに。。。



マラウイ人(特に大家さん、配属先の人)と話をしてると、日本のイメージってきっといい部分ばかりしか伝わってないなーって。


だからってわけでもないけど、日本の表も裏も含めて、日本という場所を少しでも知ってもらいたいし伝えられたらなぁ、なーんて。



と、同時に自分はマラウイの表裏を知る期間になるんだろうな。

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2014-12-07

マラウイという国、そしてなぜ私がマラウイに

さて、色んな方に「マラウイってどこ?」「なんでマラウイ?」ということをよく聞かれるので、今回はマラウイの概要と協力隊応募の際になぜマラウイを希望したのか、私の要請内容をつらつらと綴ってみます。


まず、マラウイってどこにあるのかというと、

アフリカ南部に位置する内陸国。




タンザニア、モザンビーク、ザンビアに囲まれています。

面積:北海道と九州分。国土の20%はマラウイ湖(アフリカで3番目の湖)
人口:約1600万人(2013年)
言語:英語、チェワ語、トゥンブカ語、ヤオ語、その他部族語
宗教:約70%キリスト教、約20%イスラム教、その他
産業:約8割が農業(メイズ(トウモロコシの一種)、タバコ、砂糖、コーヒーetc
通貨:マラウイクワチャ
首都:リロングウェ



内陸国ということもあって、輸送コストが隣国よりもかかるので、物価はそこそこ。

首都は物がそろっていますが、高いです。でも、日本食を作ろうと思えば、醤油や料理酒等はあるので、お金を出せば作れます。(だし・みりんがないのが残念)

地方はどうなのかというと、私の住んでいる場所の物価は高くはないですが、選択肢自体が少ないです。例えば、野菜で常にあるのは、トマト、玉ねぎ、じゃがいも。

にんじん、ピーマンなんてものは滅多になく、遠出した際に買うといったような感じです。


少ない種類の野菜でもマラウィアン(マラウイ人の意)は毎日それを食べています。
シマ(マラウイの主食。メイズを粉上にして練ったもの。ウガリに近い)と共に。



観光地と呼べる場所もいくつかの国立公園(ライオン、キリン、シマウマはいないらしい)とマラウイ湖。近隣諸国と比べてしまうと劣ってしまい、観光客は少なめ。

そして、輸出しているものが、タバコ、コーヒー、砂糖と国際競争にさらされる品物ばかりなので、その変動性に国内経済も左右されやすい状態です。

人口もどんどん増えています。私の配属先のヘルスセンター(そんなに大きくないところ)でも月に60~90人生まれています。公的医療はすべて無料で受けることが出来ます。

ですが、財源がない上で無料にしているので、医療関係者はがんばっても昇級や増給ということがまずありません。つまり、モチベーションに繋がらず、患者を待たせることもお構いなしなことも多々。



細かいマラウイのことについてはまた別途書くことにして、どうしてはたまたマラウイを志望することにしたのかという話に移ります。



協力隊応募を考え始めたころ、どの国を希望国として応募しようか、グローバルフェスタという毎年東京の日比谷公園で行われる国際協力の大規模イベントに行き、探ることにしました。

グローバルフェスタでは、大使館、外務省、JICANGO等々多くの団体がブースを出しているので、情報収集にはうってつけの場所でした。

と言っても、やみくもに回るのではなく、あらかじめなんとなくですが、目星をつけておきました。


それが、マラウイ、スーダン、あと西アフリカ(確かカメルーンあたりだったはず)。


それで、それぞれのところをまわるわけですが、たまたま?優しいマラウイ人の担当の人がいて、「マラウイはThe Warm Heart of Africaだから、人がみんな温かいんですよ」という言葉を単純にも真に受け、「きっといい国に違いない!」と思い込みました。


そして要請一覧から、マラウイのコミュニティ開発局の要請内容に魅力を感じ、3つの希望国、要請内容をマラウイで揃え、場所だけ変えて応募するということに至ったわけです。
(2回目の応募だったこともあって、不合格になりたくないという気持ちも働きました苦笑)



二次試験の結果のふたをあけてみると、マラウイ!!飛んで喜びました。


・・・が、要請内容を見て、「げげっ」となるわけです。



なんと配属先は、“地域病院”

活動内容が、手洗い励行、安全な水供給、衛生教育・啓発活動、栄養改善、HIV/AIDS予防啓発、5S改善etc



(゜゜)


なんで…?苦笑


私が希望していた要請内容はというと、女性グループ支援、収入向上、成人識字教育、栄養改善etc

確かに、栄養改善同じ、対象もなんとなくは重なる。



いや、でも、私医療バックグラウンドゼロなのに大丈夫なのか?

合格通知と共に送られてきた補完研修の紙に目を落とすと、4つ。。。(詳細は技術補完研修の記事を)


そうか、経験がないから補完研修受けるってことか、と納得。


「医療バックグラウンドがないけど、何かできることはあるはず。」
「私がしたいこと(識字教育)と衛生は生活改善という意味できっと繋がるはず。」



と不安になっていた自分を鼓舞して、マラウイまでの道を進みました。


識字教育については、今度書こうと思います。




さて、マラウイでの残りの日々で何をどう組み立てていくか、これからです。



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