2014-04-14

きっかけの場所

私は、海外に行くとよく日記をつけています。気付いたら、溜まっていました↓



たまーに見返したりしますが、こんなこと書いたのかぁと思いだしたり、当時の自分が意外と大人なことを書いていたり、なかなか面白い。


今回は、人生で初めて海外に行った頃のお話。



大学1年生が終わるころ、初めて日本を飛び出した。

その前まで、国際関係学部を受験すると躍起になっていたにも関わらず、自分が海外に行くっていうことをまったく自分事として捉えていなかった。

今だからこそ、かなり突っ込み甲斐があると思う。

高校生の頃、短期交換留学みたいなのを親に勧められても聞き流し、それでよく国際関係学部だの言ってたなぁと。


そんなこんなで、初海外はサークルのメンバーと行くNGOのスタディツアー、行先はカンボジア

自分たちが行きたい場所や、やりたいことを盛り込んだオリジナルスタディツアー。


いつ見ても当時の写真、ムービーの中の自分は相当楽しんでた、表情が全然違う。



未知との出逢いがこんなにもわくわくして、

自分の持つ世界がどれだけ狭いものなのか、



ということを頭ではなくて身体で実感した気がする。



寝るのが惜しくて、無駄に夜更かしやら早起きを勝手に1人でして、たまに何人か道連れにした気もします。(笑)


たった2週間弱の期間だったのに、1番人生で自分の感情表現が豊かだった。

自分の中の感受性アンテナが最高潮だったというか。



だから、あの時のことを忘れたくないのかもしれない。


虐殺や貧困や悲しくなる事実を目にしながら学びながらも、生活する人々との温かい触れ合いがあって、そんな日々それまで経験したことがなかった。


現在は閉鎖されたステンミエンチャイ、ごみ山
 
トンレサップ湖水上村



私たちが書いた世界地図と現地の子が書いた世界地図を半分子



自分が考えていた“国際協力”の考え方、発展と豊かさの意味を問い直す大切なきっかけを与えてくれた、カンボジア。


その後訪れた、どの国にも思い出や思い入れはたくさんあるけれど、やっぱり最初に訪れた国、そして言葉に表せないような大きな体験を与えてくれたカンボジアは、私にとってかけがえのない場所。



私が、カンボジア行くから~・・・と話すからか、Facebookのプロフィール写真がカンボジアで撮ったものだからか、卒論がカンボジア関係だったからか、

色んな人に“私=カンボジア”なイメージと言われます。笑

言われて結構嬉しかったり(*^^*)



それと、象ね。笑  
これは、私の策略によってちゃんとイメージ定着しました!


これから新たなイメージ作りも進めていかないとね。


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2014-04-04

身近に感じるということ


今回は多くの人に読んでほしいテーマです。


先月末、福島県南相馬市原町へボランティアに行ってきました。

昨年の10月に続き2度目の参加でした。

福島県南相馬市は、小高区、原町区、鹿島区という区から成り、福島第一原発の爆発事故・地震津波の影響を受けている地域です。

 
 
 
 
青印のところが福島第一原発、赤い囲いマークがあるところが南相馬市原ノ町です。

前回は、がれき撤去・被災された方のお宅の備品整理、イベントちらしの配布、仮設住宅でのサロンに参加しました。

今回は、仮設住宅での定期野菜配布、サロンでの活動でした。

昨年伺った場所と同じ仮設住宅での活動だったため、数名の方が覚えてくださっていました。
数多くのボランティアの方が訪れている中でも、そのような関係を築けていることはとても喜ばしいことでした。

それと同時に3年経ったけれども風化させてはいけないと再認識しました。

復興の進捗うんぬんもありますが、何よりも住民の方の精神面で抱えていらっしゃるものは、単純に解決出来るものではないからです。




私が、南相馬に行くようになって強く感じていることがあります。



“問題(物事)を身近に感じること”。



これは何も堅苦しい話だけではなく、日常生活・仕事・人間関係…どこにでも通じるものだと思っています。



私にとって、南相馬に行ったことでそこの人たちと触れ合い、原発という問題がとても身近になり、少しずつですが、勉強したり、現場を見たり、住民の方のお話を伺う中で、それらが線になって理解へ繋がるようになっています。




なぜ身近になったか。




それは単純に、南相馬の○○仮設住宅に住むAさんやBさん住人の方との距離が近くなったから。




なぜ近くなったのか。




サロンで数時間を過ごしただけの関係であっても、私にとってはとても大きい出来事として残ったからかもしれません。

おじいちゃん、おばあちゃん好きが表れたのかもしれません。

でも、そういうきっかけでいいんだと思います。


だから、地震が起こったなんてニュースを見たら、AさんやBさんが無事か心配するし、原発の問題も考えるようになった。


例えば、A国に友達(現地の人でも旅行中の日本の友達でも)がいたとして、天災や事件があったら、心配になって連絡を取ったり、そのことについて調べたりしますよね?

それと同じ感覚です。



“物事”との距離がある限り、きっとその“物事”はずっと遠いままなんじゃないかと思います。



何が出来るかとか考えてしまうけれど、その“物事”との距離を縮めるために、それに触れてみることだって、有意義なことではないでしょうか。

それから自分の関わり方を考えたって遅くはない。



“問題”と書くとマイナスに捉えられがちな言葉になるけれど、変化をもたらすためには、きっとプラスな言葉なんだと思います。


私自身もこんなことをつらつら書いていても、遠い物事はまだまだあって、全部に対して距離を縮めることは難しいかもしれない。

でも、だからこそ距離が近くなったことに関しては、遠くなることを選択せずに自分なりの形で向き合っていきたいと強く思います。



また南相馬の美味しい物が食べれて、住民の方とお話したり、裁縫できると思うと行くのが楽しみです(^^)

 
B級グルメの浪江焼きそば
 


これを読んで下さった方も、何でもいいと思うので何か1つと距離が近づきますように。


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Collateral Beauty

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