マラウイに来て、「We are poor.」という言葉を何度聞いたか。その回数は数知れず。
「We can't ○○ because we are poor.」という言葉も。
耳にタコが出来るんじゃないかと思うくらい。そして大抵の場合、ドヤ顔で言うマラウィアン。
私はその度に思う。マラウィアンは金銭的にはpoorかもしれないけれど、精神的にはrichだと。
このpoorだとかrichだとかいう定義は、先進国が貨幣経済に基づいて決めたこと。
(povertyとpoorは定義が別だと思っています)
つまり、貨幣を使わずに生活出来る場合の状況をあまり考慮していない。
マラウィアンを見ていて思う。彼らは本当にお金を使わない生活をしている、というよりお金を使う必要が少ない。
(もちろん必要な物を購入するお金が足りず、その場しのぎになることもあります、特に仕事面では)
なぜなら、食べ物は自分たちで作っているから。壊れても直す、捨てるということをしない。
先日、同僚と村人と3人でこんな会話をしました。
村人 「You can't stay in Africa, because there are lots of problems caused by poor.」
私 「Why not? I can stay here.」
同僚 「You can't, because Japan is a rich country.」
私 「It's true but Japanese can't live without money. However, you can live without money isn't it?」
村人・同僚 「Exactly!」
というような感じ。
だからと言って、彼らがお金を使う生活を望んでいるのかは、まだまだわからない。
Poorならお金や物がもらえるから、そのままでいいと思っているかもしれない。
協力隊生活が終わっても、わからないかもしれない。
先進国が唱える“開発”の形が正しいのか、それすらも答えは見つけられないかもしれない。
先進国が唱える“Poor”が何を意味するのか、その定義に当てはまる国や人は本当に“Poor”なのか。
マラウイに来てから、国際協力や援助の考え方が、大きな渦になって脱出することが出来ない。
日に日にマラウィアンと仲が深まるたびに渦はどんどん大きくなる。
冒頭に書いた「We can't ○○ because we are poor.」が「We are poor but we are/can ○○」に1人でもなるといいな。
そのためにも自分の思いを少しずつでも日々伝えていこう。
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