2014-08-26

技術補完研修

ご無沙汰してしまいました。

最近の出来事紹介していきたいと思いますー!


2月に青年海外協力隊の合格通知をいただき、3月で就職して1年足らずでしたが、退職させていただくことになり、4月からちょこちょこと派遣前の準備が始まりました。

青年海外協力隊は派遣前に2ヵ月間の語学訓練(長野、福島の二ヶ所)というものが必須なのですが、それ以前に専門的な知識等を身に付ける必要がある人に対して、技術補完研修というものを受講するよう通知が送られます。


私は、経験値不足か期待値が込められているのか分かりませんが、なんと4つの研修通知が届きました。


1.村落開発研修@鹿児島(3週間)
2.コミュニティ開発研修@東京(5日間)
3.エイズ対策集合研修@東京(6日間)
4.自動二輪講習@埼玉(2日間)



今回はその研修でどんなことを行ったか、どんな学びがあったかをざっくりとですが書いていこうと思います。詳しく聞いてみたいことがある方は、個別にどうぞ(^^)


1.村落開発研修

南は鹿児島、鹿屋市にあるKAPIC(カピック)センターを拠点にフィールドワークを行いながら、どのように情報収集を行うか、住民の方々と関係を築くかということを主に学びました。


3地域をペアで分け、毎日担当地域に通い、情報収集を行いました。その地域のソーシャルマップ、農家の方々の家系図・ライフヒストリー作成、その作成を通して、どのような問題や課題がその地域にあるかということを見つけ出すことがこの研修で求められたことでした。

重田という地域が担当地域でしたが、KAPICからマウンテンバイクで片道約40分。晴れの日も雨の日も風の日も毎日通いました。

田植えをお手伝いしたり、牛の食事用の藁を集めるお手伝いをしたり、お菓子を一緒に作ったり、グランドゴルフに参加させていただいたりと様々なことをさせていただきました。







地域の方々からしてみれば、私たちは孫世代だったこともあって、本当によくしていただきました。

色んなお土産をいただいたり、規則上お断りするようなお誘いを受けることもありました。


初対面の人との信頼関係の築き方、情報を収集する上での留意点、その情報をどのように分析し、考察していくか、等々、多くの学びがありました。

私の場合、情報分析・考察がまだまだ甘いということを突き付けられた研修だったように思います。

祖父祖母がいない私にとって、重田で出逢えた方々との関係は、本当に素敵なもので、その関係はこれからも続けていきたいです。


2.コミュニティ開発研修

鹿児島での研修の後、"コミュニティ開発"という職種を対象にした研修がありました。

26年度2次隊のコミュニティ開発(森林保全3名含)は総勢56名ということで、大所帯の研修でした。


主に、コミュニティに入っていく際の活動手法を学ぶもので、鹿児島での研修で学んだことを復習をすることも出来、さらにケーススタディやワークショップを行う際にも活用できる手法を学べ、とても実り多かったです。





そして、研修で出逢えた候補生からも多くの刺激を得ることが出来ました。そして、技術顧問の先生方のお話を伺うことが出来、とても貴重な時間でした。



3.エイズ対策集合研修


コミュニティ開発研修後、間髪を入れずに次の研修、エイズ対策集合研修が始まりました。

まさか8人とは思わず、自分以外の方々が医療系経験者とは思わず、しかもコミュニティ開発研修後だったこともあり、若干初日から浮きました。。。


私が派遣予定のマラウイやアフリカ諸国ではHIV/AIDSが根深い問題となっています。

もちろん、私たちが住む日本や先進国でも年々大きな問題となっていることも事実です。
(現に、日本は先進国の中では、感染者が年々上昇しています)

そのHIV/AIDSの基礎知識及びワークショップ、グループワークを通して、自分とHIV/AIDSが身近な問題と捉えることが、この研修の主な内容でした。

自分が“性”をどのように捉え、考えているかを再考することも出来、そして、HIV/AIDSに関してまだまだ知識が足りないと再認識することが出来ました。






4.自動二輪講習

合宿免許で小型二輪(MT)の免許を4月に取得し、それ以降一度も乗らずに迎えてしまった、自動二輪講習・・・。

(写真ないですが、ご了承ください。。。)


前日イメトレはしていたものの、完璧に乗り方を忘れていました(T_T)

ギアの順番、クラッチ操作、その他諸々・・・。

一日目、何回したか覚えてないほど、エンストしました。 とりあえず悲惨の一言。

一緒に講習を受けた候補生は皆上手な人ばかりで、講師の先生に下手すぎて目を付けられたのは言うまでもなく。苦笑

二日目(最終日)、感覚を多少思い出したのか、操作はなんとかオーケー。

が、この日はオフロード(舗装されていない道)の走行練習、そして若干の雨にも見舞われました。

任国の走行に不安すら覚えましたが、、、無事(?)に二日間の講習を終えました。

バイク乗車時に"視線を前に"という言葉を何度も言われました。

これはきっと任国での活動にも通じることで、足元ばかりを見ずに視野を広く、前を見て行動することにも通じるのではないかなと思いました。


--------------------------------------------------------------------------------

研修が始まる前は、人よりも研修が多いことを嘆いていた時期もありましたが、そんなことを1ミリも感じず多くのことを学び吸収できた、とても有意義な1ヶ月と少しの研修期間でした。

2年間の活動だけではなく、今後の人生においても活かしていけるであろうときっと思われたからこそ、怒涛の研修ラッシュだったのだと思っています。

訓練所の生活も改めて書く機会を設けるつもりなので、首を長くして待っていてください(笑)



ランキング参加しています。クリックしていただくと更新頻度も上がるかも?(笑)
よろしくお願いします☆
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2014-05-23

家族

な、なんと小学5年生の頃に書いた、『家族』についての作文がつい最近発掘されました。






とりあえず、驚いた。

どう頑張っても思い出せない、小学2年生の頃、何があったんだろう自分・・・。(笑)


正直こんなこと書いた自分に一番自分が驚いていて、、、

なぜかって、ここ2~3年思う私の『家族観』と、ほとんど同じようなことをきちんと書き起こしていたから。




家族とか親族っていう類の話は、デリケートな分野だと私は思っていて。

本当に人それぞれの環境だし、話したい人もいれば話したくない人もいる。

血縁だー、お墓だー、嫁婿姑舅その他もろもろ。

私は円満だなぁと思っている、そこのあなた、それはとっても幸せなことなんですよ。



人と共に生きていく上でコミュニケーションを図るということは、必須なことですよね。

それが欠落していた家に帰るのがとてつもなく嫌な時期がありました。

自分自身にも原因があったことも事実です。

なんのための家族なんだろうとか、所詮家族っていっても他人同士がくっつくから仕方ないのかとか色々考えました。

でも消化不良というか、納得が出来なくて。

ちょっとしたことですが、自分の態度を変えようと努力したり、納得いかないことを伝えたりして、今は帰りたくなる場所になってきています。


帰れる、戻れる場所があるということ、

いってきますやおかえりが言い合えること

って実はとても幸せなことなんだなぁと思っています。



だから、長くは住んでいなくとも酒田(私が生まれた場所)にも行くと、ほっとするんだと思います。

そして、これから日本を離れる身ですが、そういう場所があるということは本当に心強かったりするものです。




小学2年生の頃の自分が言うとおりで、支え合って乗り越えるからこそ、楽しいことや嬉しいことが増えていくのだと思います。

家族も日々のちょこっとの思いやりで調和が保たれているんだろうな。




そんな家族や場所ができるといいなと夢子な感じで終わります。(笑)


ランキング参加しています。クリックしていただくと更新頻度も上がるかも?(笑)
よろしくお願いします☆
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
 



2014-04-14

きっかけの場所

私は、海外に行くとよく日記をつけています。気付いたら、溜まっていました↓



たまーに見返したりしますが、こんなこと書いたのかぁと思いだしたり、当時の自分が意外と大人なことを書いていたり、なかなか面白い。


今回は、人生で初めて海外に行った頃のお話。



大学1年生が終わるころ、初めて日本を飛び出した。

その前まで、国際関係学部を受験すると躍起になっていたにも関わらず、自分が海外に行くっていうことをまったく自分事として捉えていなかった。

今だからこそ、かなり突っ込み甲斐があると思う。

高校生の頃、短期交換留学みたいなのを親に勧められても聞き流し、それでよく国際関係学部だの言ってたなぁと。


そんなこんなで、初海外はサークルのメンバーと行くNGOのスタディツアー、行先はカンボジア

自分たちが行きたい場所や、やりたいことを盛り込んだオリジナルスタディツアー。


いつ見ても当時の写真、ムービーの中の自分は相当楽しんでた、表情が全然違う。



未知との出逢いがこんなにもわくわくして、

自分の持つ世界がどれだけ狭いものなのか、



ということを頭ではなくて身体で実感した気がする。



寝るのが惜しくて、無駄に夜更かしやら早起きを勝手に1人でして、たまに何人か道連れにした気もします。(笑)


たった2週間弱の期間だったのに、1番人生で自分の感情表現が豊かだった。

自分の中の感受性アンテナが最高潮だったというか。



だから、あの時のことを忘れたくないのかもしれない。


虐殺や貧困や悲しくなる事実を目にしながら学びながらも、生活する人々との温かい触れ合いがあって、そんな日々それまで経験したことがなかった。


現在は閉鎖されたステンミエンチャイ、ごみ山
 
トンレサップ湖水上村



私たちが書いた世界地図と現地の子が書いた世界地図を半分子



自分が考えていた“国際協力”の考え方、発展と豊かさの意味を問い直す大切なきっかけを与えてくれた、カンボジア。


その後訪れた、どの国にも思い出や思い入れはたくさんあるけれど、やっぱり最初に訪れた国、そして言葉に表せないような大きな体験を与えてくれたカンボジアは、私にとってかけがえのない場所。



私が、カンボジア行くから~・・・と話すからか、Facebookのプロフィール写真がカンボジアで撮ったものだからか、卒論がカンボジア関係だったからか、

色んな人に“私=カンボジア”なイメージと言われます。笑

言われて結構嬉しかったり(*^^*)



それと、象ね。笑  
これは、私の策略によってちゃんとイメージ定着しました!


これから新たなイメージ作りも進めていかないとね。


ランキング参加しています。クリックしていただくと更新頻度も上がるかも?(笑)
よろしくお願いします☆
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
 

2014-04-04

身近に感じるということ


今回は多くの人に読んでほしいテーマです。


先月末、福島県南相馬市原町へボランティアに行ってきました。

昨年の10月に続き2度目の参加でした。

福島県南相馬市は、小高区、原町区、鹿島区という区から成り、福島第一原発の爆発事故・地震津波の影響を受けている地域です。

 
 
 
 
青印のところが福島第一原発、赤い囲いマークがあるところが南相馬市原ノ町です。

前回は、がれき撤去・被災された方のお宅の備品整理、イベントちらしの配布、仮設住宅でのサロンに参加しました。

今回は、仮設住宅での定期野菜配布、サロンでの活動でした。

昨年伺った場所と同じ仮設住宅での活動だったため、数名の方が覚えてくださっていました。
数多くのボランティアの方が訪れている中でも、そのような関係を築けていることはとても喜ばしいことでした。

それと同時に3年経ったけれども風化させてはいけないと再認識しました。

復興の進捗うんぬんもありますが、何よりも住民の方の精神面で抱えていらっしゃるものは、単純に解決出来るものではないからです。




私が、南相馬に行くようになって強く感じていることがあります。



“問題(物事)を身近に感じること”。



これは何も堅苦しい話だけではなく、日常生活・仕事・人間関係…どこにでも通じるものだと思っています。



私にとって、南相馬に行ったことでそこの人たちと触れ合い、原発という問題がとても身近になり、少しずつですが、勉強したり、現場を見たり、住民の方のお話を伺う中で、それらが線になって理解へ繋がるようになっています。




なぜ身近になったか。




それは単純に、南相馬の○○仮設住宅に住むAさんやBさん住人の方との距離が近くなったから。




なぜ近くなったのか。




サロンで数時間を過ごしただけの関係であっても、私にとってはとても大きい出来事として残ったからかもしれません。

おじいちゃん、おばあちゃん好きが表れたのかもしれません。

でも、そういうきっかけでいいんだと思います。


だから、地震が起こったなんてニュースを見たら、AさんやBさんが無事か心配するし、原発の問題も考えるようになった。


例えば、A国に友達(現地の人でも旅行中の日本の友達でも)がいたとして、天災や事件があったら、心配になって連絡を取ったり、そのことについて調べたりしますよね?

それと同じ感覚です。



“物事”との距離がある限り、きっとその“物事”はずっと遠いままなんじゃないかと思います。



何が出来るかとか考えてしまうけれど、その“物事”との距離を縮めるために、それに触れてみることだって、有意義なことではないでしょうか。

それから自分の関わり方を考えたって遅くはない。



“問題”と書くとマイナスに捉えられがちな言葉になるけれど、変化をもたらすためには、きっとプラスな言葉なんだと思います。


私自身もこんなことをつらつら書いていても、遠い物事はまだまだあって、全部に対して距離を縮めることは難しいかもしれない。

でも、だからこそ距離が近くなったことに関しては、遠くなることを選択せずに自分なりの形で向き合っていきたいと強く思います。



また南相馬の美味しい物が食べれて、住民の方とお話したり、裁縫できると思うと行くのが楽しみです(^^)

 
B級グルメの浪江焼きそば
 


これを読んで下さった方も、何でもいいと思うので何か1つと距離が近づきますように。


ランキング参加始めました。クリックしていただくと更新頻度も上がるかも?(笑)
よろしくお願いします☆
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

2014-03-20

24歳を迎えて思うこと

一ヶ月以上前になりましたが、先月は誕生日月でした!

色んな人にお祝いしてもらえて幸せを感じました(*^^*)
今回、面白かった?のが、久しぶりに連絡をくれる人が多かったこと。
あ、思い出してもらえたんだ、と喜んでおりました!

みなさん、ありがとうございました。


もうこの話は何人かに言ってるんだけど、どうもみんな腑に落ちてくれないので、ブログに持ってくることにしました(笑)

普段、自分もだし周りの年齢とかってあまり気にしないタイプだけど、誕生日くらいは年齢のことを気にしてみます。

24歳。干支でいうとようやく2回り。

時間の流れって感じ方は人それぞれだし、そのときの心情によっても大きく変わると思うけど、私は、24歳という年齢を迎えての感想は、



「やっとか。」



の一言でした。

ある友達には、「色んなことが短い間にたくさんあったからだよ。」と言われました。
確かに一理ある。

この2~3年は、特に時間が長くしか感じられなかった。
楽しい時間だってたくさんあった、留学していた1年間だって今思えばあっという間だったと言える。

けど、変に時間を長く感じているせいか、1年が3年とかくらいで自分の中で換算されてしまっている。

仮にここ2年間を換算するとすれば、6年の時間の長さを感じて生きてるって計算になる。(笑)

おいおいって突っ込みが聞こえてきそうだけど、自分の中ではどうあがいてもそれくらい長くしか感じることが出来なかった。


逆に、「感じてる長さは長いけど、お、実年齢は若い!がんばろ!」っていう考え方も出来るよね。今そうゆう方向に持っていってる最中。

これからはもっと、こう、「あー!あっという間だった!」って思えることが増えるといいな。



そうしたら、もっと時間を、命を削ることを大切に出来る気がする。



時間は命に直結してるもの、どういう風に過ごすかがその人の人生に繋がるんだって思うんだ。

そりゃあ、無駄だなぁって思う時間だってある、時間に追われてひーひーすることだってある。

それもまた彩りの1つ。

がむしゃらにばっかり過ごせる人なんてそう多くない。私だってそう。

きっと、私の時間が長く感じるっていうのも、実際考え方1つ。


まぁ短い長いだの尺の話はどうあれ、“時”というものをちゃんと捉えていきたい。

Collateral Beauty

映画レビューを細々と始めてみようかと思います。 今回は「Collateral Beauty」(邦題:「素晴らしきかな、人生」)。 広告代理店を経営する主人公ハワード(ウィル・スミス)、カリスマ性もあり事業も軌道に乗っていた矢先に、最愛の娘を亡くします。 食事や睡眠...